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三日月&燭台切

【趣味の刀剣 ~刀について、もう少しだけ知りたい!~ 

 

DMM×ニトロプラスの『刀剣乱舞online』を一ファンとして嗜んでおります。歴史好きではありますがなかなか刀まで網羅できていませんでした。

少しずつ知っていくいい機会かと思い、少しずつ刀剣男士達と仲良くさせていただいてます。以下は刀について知ったこと思ったことなどの自分用まとめ。

ゲームを進めるにあたって個人的に必要だったものをどんどん付け足しているため感想込みで雑多です。備後国サーバに生息中。上から新しくおいでいただ

いた刀剣の紹介となっております。と重度の伊達政宗クラスタのため随所にその話題が出ることはご容赦ください。政宗公の毎日を追いかけている記録は

別サイトになりますがコチラ「まさむ年表」へドゾー。参考にさせていただいた本や雑誌、サイトなどは下記に。いつも本当にありがとうございます。

(2016.1.30.情報追加)

 

 

生まれた時期・関連の事件

 

平安(794年–1185年)

987~989年

 三日月宗近(徘徊中)

 小狐丸

 石切丸

 岩融

 今剣

 

1051~1062年

 前九年の役

1083~1087年

 後三年の役

1087年11月14日

 清原家衡愛馬 花柑子射殺

 

1180年10月21日

 藤原秀衡より青海波が義経

 に贈られる

 

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鎌倉(1185年–1333年) 

 

1189年4月30日

 衣川館にて源義経(30)自刃

 同場所にて武蔵坊弁慶戦死

同年8月10日

 藤原国衡愛馬 高楯黒登場

1192年7月12日

 源頼朝 征夷大将軍就任

 (鎌倉幕府成立とされる)

 

????年 にっかり青江

1247~1255年

 燭台切光忠

 

1259年~ 

 鳴狐

 一期一振

 鯰尾藤四郎

 平野藤四郎

 骨喰藤四郎

 厚藤四郎

 前田藤四郎

 秋田藤四郎

 乱藤四郎

 五虎退

 薬研藤四郎

 

1297年

 3月1日 蛍丸(待望中)

1330年~

 大倶利伽羅

 

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室町(1336年–1573年)

 ※南北朝(1336–1392)

 ※戦国時代(1493–1590)

 

1337年~

 次郎太刀

1472年~

 歌仙兼定(二代兼定作)

1559年6月16日

 五虎退 長尾景虎(29)へ

 

 

安土桃山(1573年–1603年)

 

1581年2月28日

 織田信長主催 京都馬揃え

 小雲雀が信長へ献上される

1582年6月2日

 本能寺の変 織田信長没

1590年9月18日

 一期一振 毛利輝元より

 秀吉の元へ

1596年7月13日

 慶長伏見大地震

同年10月

 燭台切光忠 伊達政宗(30)

 の元へ

1600年

 関ヶ原の戦い

 本多忠勝愛馬 三国黒死亡

 

1614年11月19日~12月

 大坂冬の陣

1615年5月

 大坂夏の陣

 一期一振骨喰藤四郎焼刃

 

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江戸(1603年–1868年)

 

1620年11月

 大倶利伽羅 伊達政宗(54)

 の元へ

1636年

 江戸日比谷にて 政宗没

1647年

 大和守安定

1650年~

 陸奥守吉行

 

1657年3月2日~4日

 明暦の大火(振袖火事)

1670年~ 

 加州清光

 

1790年

 加役方人足寄場設立

1858年~

 公武合体運動

1863年1月29日

 一期一振 徳川家より

 孝明天皇へ献上される

1864年7月8日(新暦6月5日)

 池田屋事件

1864年7月11日

 佐久間象山暗殺 王庭同行

1867年~

 沖田総司療養

 

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明治(1868年–1912年)

 

1867年3月20日

 陸奥守吉行 坂本龍馬(31)  の手に

同年12月10日

 京都近江屋事件 龍馬暗殺

 

1868年1月3日

 鳥羽伏見の戦い

同年3月26日

 甲州勝沼の戦い

同年5月~6月

 白河戦線

同年7月19日

 京都 沖田総司没

 

1869年6月20日 

 箱館五稜郭 土方歳三戦死

1881年10月

 米沢上杉宝物殿にて

 五虎退天覧(明治天皇)

 

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大正(1912年–1926年)

1923年9月1日

 関東大震災

 

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昭和(1926年–1989年

 

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平成(1989年–現在

 

2011年3月11日

 東日本大震災

2015年1月14日

 『刀剣乱舞』オープン

2015年4月14日

 とうらぶはじめました

2015年4月30日

 燭台切光忠

 水戸徳川ミュージアムに

 現存との初報あり

2015年5月17日

 燭台切光忠公開 

 

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2205年

 歴史修正主義者襲来

 

一期一振(一期一振吉光)【太刀】
いちご ひとふり  いちご ひとふり よしみつ

短刀を得意とする粟田口派藤四郎吉光作の太刀。吉光の最高傑作の意味も込め「一期一振」の号を持つ。現存するのはこの一振だが、慶長時代には「櫂切(かいきり)吉光」や「御刀吉光」など他にも太刀が存在したと云われる。

天正18(1590)年9月18日 毛利邸を訪れた豊臣秀吉が輝元にねだって貰い受けた。その後小柄な秀吉が自分の体格に合わせて磨り上げたというのが定説になっているが、記録には残っていない。大坂城落城の際に焼刃。徳川家の手に渡り、名刀を惜しんだ家康の指示により再刃。その際に磨り上げられ額銘したとされる。

越前朝倉家(他説も有)→毛利家→豊臣家→大坂落城の際焼刃→徳川家→再刃ののち尾張徳川家→尾張藩主・徳川茂徳→孝明天皇(御物)

◆現存 御物 宮内庁三の丸尚蔵館蔵◆

 

【雑記】いっちにぃぃぃぃぃx(ry 厚樫山のボスマスでドロップしました!!いらっしゃい一兄!粟田口'sが待ってた!!乱ちゃん達は本丸でお迎えできたんだけど、秋田・五虎退・厚・薬研が長めの遠征中で不在。遠征から帰ってきた皆を逆にいち兄が迎えて、驚きの薬研達…。二度の感動再会シーンで審神者涙目でした(;ω;) それにしてもこの刀剣は藤四郎吉光の作だけあって初期から大事にされてますが、手に手に渡る経緯もすごいですね。流石ロイヤル!

 

三日月宗近&燭台切光忠
一期一振

【「打刀(うちがたな)」って何?】

 

打刀:刃を上にして、腰帯に差すタイプ

短刀:一尺(30.3㎝)未満の刀

脇差:二尺(60.6㎝)未満の刀

太刀:反りが深く刃を下にして吊るす物

大太刀:三尺(90.9㎝)を超えるもの

    ただし厳密ではない

槍 :長い柄の先に直刀をつけたもの

薙刀:長い柄の先に彎刀をつけたもの

 

※どちらも読み方は同じだが

「太刀」は彎刀(わんとう=反りがある)

「大刀」は直刀で主に平安以前の刀

 

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【「銘」と「号」って何?】

 

:茎(なかご)部分に刻まれた刀工の

  名前・生国・居住地・製作年など

  のこと。特に形式は決まっていな

  いため記載のないものもある

:銘とは別に付けられた、エピソード

  に由来の渾名など(燭台切っちゃっ

  たので「燭台切」、切れ味よすぎて

  止まろうとしたトンボが勝手に切れ

  てしまったので「蜻蛉切」とかです

  ね)

額銘:元からある銘を切り取っておき、

  磨上げした後ちょうど額のように

  元の銘を嵌め込んだもの

 

※茎(なかご)は刀の柄に入っている部分

 

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【「名物三作」って何?】

 

豊臣秀吉によって決められた三名の名刀工の作品のこと。相州五郎入道正宗、越中郷義弘、藤四郎吉光を合わせて三作と云う。特に江戸期には吉光が三作の中でも特によいとされ、武家階級で重宝された

 

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【直刃(すぐは)と乱刃(みだれば)

って何?】

 

直刃は刃紋が直線のもの。広さによって種類がある。乱刃は刃紋が直線でないもの。その形によって色々な呼び名がある

 

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【大磨上無銘(おおすりあげ むめい)ってなんのこと?】

 

磨上:長い刀身を茎(なかご)尻より切り

 縮めて刀身全体を短くすること

大磨上無銘:磨上により茎部分に切られ

 た銘がなくなってしまった刀のこと

再刃:何らかの理由で焼けてしまった刀

 に再び焼入れを施し刀の体に戻すこと

 

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【備後国(びんごのくに)ってどこ?】

別名備州。山陽道の一部で現在の広島県の半分を指す。加州は加賀国(かがのくに)で現在の石川県南部

 

陸奥国:

 

筑前国:

 

薩摩国:薩州(さっしゅう) 西海道 

    鹿児島県西部

豊後国:豊州(ほうしゅう) 西海道 

    宇佐市中津市を除く大分県全土

備中国:備州(びしゅう) 山陽道

    岡山県西部

美濃国:濃州(じょうorのうしゅう)

    東山道 岐阜県南部

大和国:和州(わしゅう) 畿内

    奈良県

山城国:城州(じょうしゅう)

    or 山州(さんしゅう)

    or 雍州(ようしゅう) 畿内

    京都府南部

相模国:相州(そうしゅう) 東海道

    北東部を除く神奈川県ほぼ全域

備前国:備州 山陽道

    岡山県東南部・

    香川県小豆郡・直島諸島・

    兵庫県赤穂市の一部の地域

 

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【審神者(さにわ)って何?】

神の言葉を伝える者。審神者神社がある。未編集。

 

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【三十六歌仙って何?】

未編集。

 

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【4年を二二年と書くのは何故?】

兼定の刀などの銘に「文明二二年」などと刻むのは、”四”は”死”に繋がり縁起が悪いからとのこと。

 

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【「享保名物帳」ってなに?】

 

本阿弥(ほんあみ)家:足利家の同朋衆であり代々刀剣の鑑定、研磨、浄拭(ぬぐい)を家業とする一族。菅原姓を名乗り梅鉢紋を持つ

折紙:刀剣の鑑定書。本阿弥家の花押を押したものなど

享保名物帳

新刀銘尽後集

上杉家御手選三十五腰(うえすぎけ

おてえらび さんじゅうご よう): 

 愛刀家だった上杉謙信の所蔵品の中

 から、後継であり鑑定眼の高かった

 上杉景勝が更にセレクトしたお薦め刀

 リスト

武庫刀纂(ぶことうさん):水戸藩8代

 藩主 徳川斉脩(なりのぶ)が編纂した、

 水戸徳川家が所蔵する刀の押形や伝来

 理由などを纏めた刀剣リスト

 ※燭台切光忠の往時の姿が記載

 

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【奥州藤原氏とは?】

未編集

 

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【前九年の役・後三年の役とは?】

未編集

 

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【加役方人足寄場(かやくかた

にんそく よせば)って何?】

 

加役:火付盗賊改め(凶悪犯専門警察)の俗称。鬼平犯科帳の小説で有名になった長谷川平蔵はこの働きが素晴らしく、当時から人気があった

その平蔵が松平定信の許可の元に設立する、捕縛した犯人向けの更生施設が加役人足寄場と呼ばれる

 

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【御物(ぎょぶつ)って何?】

皇室に伝来し、現在も私有品である絵画書跡刀剣などの所蔵品のこと。

戦前には国立博物館や正倉院の所蔵品も併せて「御物」とされたが、戦後は皇室の資産は国有財産となった

ただし「三種の神器」や皇室に所縁の深いもの・儀式に関する刀剣類はそれに含まれず、現在も御物として管理される

 

◆同文字だが御物(ごもつ)と読むと

室町幕府8代将軍足利義政の所蔵品

徳川家伝来の名物茶道具 とされる

◆同じく御物(おもの)と読むと

天皇陛下や高貴な方の食事を意味する

 

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【最上大業物(さいじょう おおわざ

もの)とは?】

 

◆刀・太刀などの最上級品のこと

◆刀工の質(格?)を指す場合は1815(文化12)年、御様御用(おためしごよう:刀剣の試し斬り役)山田浅右衛門により行われた刀の御様の結果をいう

刀工ごとの切れ味を「最上大業物・大業物・良業物・業物」の4段階に分類したリストが公表されている

「大業物十四工」の中に

  • 長曽祢虎徹

  • 長船元重

  • 和泉守兼定(二代 兼定、之定)

などが挙げられている

 

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【天下三名槍(てんがさんめいそう)

とは?】

それぞれに伝わる由緒や伝来・エピソードによって選ばれたもっとも優れていると云われる名槍三本のこと

 

◆御手杵(おてぎね)

◆日本号(にほんごうorひのもとごう)

◆蜻蛉切(とんぼきり)

 

 

【天下五剣(てんがごけん)とは?】

それぞれに伝わる由緒や伝来・エピソードによって選ばれたもっとも優れていると云われる名刀五本を指す

 

◆童子切(どうじぎり)

国宝・太刀・銘安綱

◆鬼丸(おにまる)

御物・太刀・銘國綱

◆三日月宗近(みかづきむねちか)

国宝・太刀・銘三条

◆大典太(おおてんた)

国宝・太刀・銘光世作(みつよ さく)

◆数珠丸(じゅずまる)

重要文化財・太刀・銘恒次(つねつぐ)

※数珠丸の作者は古青江恒次とも古備前恒次とも云われる

 

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【合同左派?】

未編集

 

次郎太刀【大太刀】
じろう たち

南北朝時代の刀工 千代鶴国安の作と伝わる。大太刀を振るうことで有名だった真柄十郎左衛門直隆(まがら じゅうろうざえもん なおたか=越前国朝倉義景の将)が太郎太刀、その息子の真柄隆基(もしくは弟の直澄) が次郎太刀を持っていたとの説あり。

次郎太刀 188cm 太郎太刀 221cm?

 

【雑記】姐さん!次郎さんもおいでくださいました~!!…戦装束も煌びやかで素敵なんだけど、姐さんは内番のすっぴんの方が可愛いよ!可愛いよ!!ちなみに千代鶴国安さんは元々京都の刀匠さんでしたが、鍛刀に適した水を求めて越前まで辿り着いたそうな。刀だけじゃなくて農具を作ったり技術を教えたりして、現在も越前打刃物の祖として千代鶴神社に祀られているそうです。

ところでうちの次郎さんと一期さんと岩融さんは、ほぼ同時期に来てくださって練度上げなども一緒なことが多かったせいか結構仲がよいです。よく夜中に三人で

 

次郎太刀
太郎太刀【大太刀】
たろう たち

編集中

 

【雑記】太郎さん…!!ビックリした、びっくりした(@□@;)大坂城地下攻略が始まってて、次にお迎えするのは博多くんかな?となんとなく思ってたので、鍛刀で来てくれたのにはビックリしました!!しかし…次郎さんに報告しに行こうと思ったら遠征中だよ…orz 江雪さんの時に続きなんて間の悪い…!!

 

太郎太刀
博多藤四郎【短刀】
はかた とうしろう

未編集

【雑記】6月27日にお迎えできました!大坂城攻略時、いち兄と長谷部にも同行してもらって無事に博多と合流~♪しかし…たった今ショッキングな出来事が…いわとおしが…博多は悪くないけど本当タイミング悪くてごめん…

浦島が来てから一緒に練度上げに行ってます!

 

浦島虎徹【脇差】
うらしま こてつ

江戸時代前期の代表的刀鍛冶、長曾禰虎徹興里(1604?~1678)によって1658(万治3)年12月に打たれた脇差。興里は福井の甲冑師として知られたが後に江戸に出て刀鍛冶になり、大坂の津田助広や井上真改(しんかい)とともに名刀工として知られるようになる。

 

【雑記】7月4日に長篠でドロップ!元気に登場っ!!長谷部を殿に、蜂須賀・江雪・宗三・次郎さんというちょっと頽廃的ムード溢れる部隊だったのですが、何故かその面子に交じってた鯰尾と意気投合したようでよかったよかった。というかホントなんでズオがこのメンバーの中に入ってたんだ…審神者困惑。とりま馬糞投げるような子には育たないでほしいと心の底から願っています。お前のことだよ、逃げるな鯰尾!!

しばらく更新できてませんでしたが今(8/6)はしっかり育って頑張ってくれてます。獅子王と仲良く畑仕事してることが多いです~。可愛い。ちなみに浦島が生まれた万治3年は、伊達家の忠宗・秀宗(政宗の嫡子と長子)が亡くなった年です。井伊直政の息子の直孝も亡くなってますね…。

 

蛍丸【大太刀】
ほたるまる

未編集

 

【雑記】ほ………ほたるーーーーーん!!!コミケ1日目終了後に寝落ちしてたところ、ふと目が覚めて鍛刀部屋に行ったら…来てました!!ありがとうほたるん!!いらっしゃい!!嬉しいありがとう頑張ろうね!!興奮して愛染を叩き起こそうとしたところ、光忠さんに「…今何時だと思ってるんだい…(●ω^#)!?」とアイアンクローを食らった私審神者がいたというのは秘密。うちの脳内本丸は割とのほほんバイオレンスですね。朝早めに起きて、愛染に寝起きドッキリしに行きました。来派可愛いね可愛い。(二度言った)

 

御手杵【大槍】
おてきね

結城晴朝が命じて作らせた槍。

◆現存せず レプリカが茨城県の結城蔵美館に常時展示中

【雑記】ぎねさん…!!ほわ…!!もう御手杵も蜻蛉切も全っっっ然来てくれる気配がなくて、うちの本丸に最初に来る槍は日本号じゃないかな!って思ってたくらいでした…ぎねさんありがとう!!寝落ちしてたら来てた!!三日月とか小狐なんかはもういない子だと思って…る(;ω;)

 

小狐丸【太刀】
こぎつねまる

編集中

 

【雑記】うぼふわぁぁぁぁぁぁぁ!!!狐様きたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!鍛刀4時間!オール350!!熱出して朦朧としながら鍛刀だけポチッと…鍛刀部屋に行った時には夢かと幻かと。冗談みたいに全身から汗が吹き出しました。ありがとうモフモフ太刀。

 

長曾根虎徹【打刀】
ながそね こてつ

編集中

 

【雑記】9月23日にドロップ!!虎徹さんゲットだぜ~~~♪浦島くんと蜂須賀さんに入ってもらってました。ありがとう♪ありがとう♪♪♪浦ちゃんが「主さーーーん!兄ちゃん拾ってきた~♪」と帰ってくる後ろではっちさんが(=_=)ってなってました。なんか所縁のある刀剣をドロップする率が高い気がするのは気のせいなんです…?

 

後藤藤四郎【短刀】
ごとう とうしろう

土井利勝から徳川家光公へ捧げられた刀。

【雑記】間に合った…!!大阪城地下周回イベント…間に合いましたよ!ギリギリ…ではなかったんだけど、この時期いろんな事件が勃発しすぎてログイン率が不安定だったのですよ…。物吉くんの時みたいにうっかり過ぎてたΣ(@□@;)ってことにならなくて本当によかた…

 

日本号【槍】
にほんごう
 

福島家の家宝だったものを、飲み比べで黒田家家臣の母里太兵衛が勝ち取ったと云われる。

◆福岡市博物館に常時展示中

【雑記】日本号さん…!!実装前「大関ヶ原展」を見に行った際に拝見してました。螺鈿がめっちゃ派手なイメージだったなぁ…。その後年明けに長谷部さんの公開と共に再度会いに行きました!

 

蜻蛉切【槍】
とんぼきり
 

伊勢村正(むらまさ)の三河文殊派藤原正真(ふじわらのまさざね)の作とされる。徳川四天王のひとり本多忠勝愛用の槍で、信長からも「花実兼備の勇士」と讃えらえるほどの活躍振りのから蜻蛉切は『天下三名槍』の一本となった。通常柄の長さは4.5m程だが、6mほどもあったと云われる。服部氏→本多忠勝→?→現存◆矢部家個人蔵◆

【雑記】しばらく諸事情で本丸に帰れなかったのですが、帰れたタイミングで三条の皆に阿津賀志を周回してもらってたら(三日月おじじはまだいません(;ω;)!)…ポロリと。うわぁぁぁぁぁありがとうございます~~~!!!蜻蛉さんも実装前に先に刀身を拝見してたな…。

初めて拝見した時はあまりの繊細さにビックリしました!かなり使い込まれて研がれているイメージ。猛々しく大きな穂先を想像していたのですが、触れたら鈴の音が聞こえてきそうな程の繊細さ…。本当に意外

 

鶴丸国永【太刀】
つるまる

編集中

 

【雑記】つ…鶴さん…!!!ウソだろ鶴さん…!!それくらいタイムリミットで諦めてた…。

またしても久々に帰った本丸。最近主に三条に阿津賀志周回へ行ってもらってたのですが、たまには…と伊達コンビを中心に面子を組みなおし出陣してもらったのです。そしたら…とうとうKBCが!倶利ちゃんが中傷になって手入れしながら、仕事の撤収をしてたのです。

そしたら
「あともう一度だけ行ってもいいかな?」
って光忠に言われて送り出したら…たら…軽傷のほたるんを庇いながら、皆笑顔で帰還。

審神者ぽかん。

光忠始め、皆ちょっとドヤ顔でそっと刀身を差し出され、勢いで顕現したら…鶴さんだった…!!!
慌てて倶利ちゃんに手伝い札使って出てきてもらって、ご対面してもらいました!!くりこは自分が戦列から外れてる時だったからかちょっと悔しそうにしてたかな。でも審神者知ってる。手入れ部屋に鶴さん来たことを伝えに行ったら「…マジか」って目を見開いたの見ちゃった。倶利可愛い。

あああ、ここでうちの本丸語りしちゃったorz すみませんすみませんすみません!

 

膝丸【太刀】
まる

編集中

 

【雑記】お…弟者が…弟者がキターーーーー!!!検非違使をぶっ叩いて泣きジャンプさせるイベントで、なんとか落としてもらいましたよ…。そしてやっぱり燭台切さんが笑顔で拾ってくるという我が本丸マジック…。いつも本当にありがとうございます…!!

 

岩融【薙刀】
いわとおし

源義経に仕えた武蔵坊弁慶の得物として名高い薙刀。山城国(京都)三条に住み平安時代(永延年間:987~989)に活躍した刀工三条小鍛冶宗近によって作られたと云われる。ただし正確な記録は残っておらず、伝承に近い。

◆現存せず◆

 

【雑記】三条の三本目、岩融さんががが。初めての薙刀!というか今剣がお兄ちゃん面をして、短刀ちゃん'sメンバーに入れてるのですが、皆がっつり銃兵・弓兵を刀装してるのでまだ一度も薙刀振るえてない…(6/1)練度30くらいから急にがっすがす敵を倒すようになってきた!岩融さんパネェ!今剣ちゃんが一緒じゃない時は彼に青海波に乗ってもらってるんですが、誉率めっちゃ高くなりますね、気のせい?(6/27)…やっちまった…厚樫で私の指示ミスで…いまつるちゃん、ごめん…

◆二振り目の!!!岩融さんが!!!やってきてくれました!!!!!10月25日の京都ロケの朝…光忠達が拾ってきてくれた…おおおおお…ありがとう!!ありがとううううう!!!リアル厚樫、リアル博多元寇の乱、リアル墨俣に再臨祈願行脚に出た甲斐がありました…(号泣)17日に行った墨俣で、いまつるちゃんが許してくれた気がしたんだ…。その後4ヶ月封印していたいまつるちゃんを起こし、今は二人であちこち回ってもらってます!

 

岩融 
江雪左文字【太刀】
こうせつ さもんじ

刀派左文字。

 

【雑記】江雪さん!ふわわわわ…鍛刀で出ました。私もびっくり嬉しかったのですが、それよりうちの本丸の宗三さんが、顕現の気配を感じてガタッとなるくらい反応しててワロタ。(まうぽんビジョン)江ミネムさんのイメージが強いです。ギルティ。

 

鶯丸【太刀】
うぐいすまる

古備前の刀。

 

【雑記】いのちだいじに。鳴き声は\オーカネヒラッ/ なんか雅な感じがして「鶯丸さん」とさん付けでお呼びしてます。

 

  1. 所持馬について

 

【花柑子(はなこうじ)】

平安時代後期の武将で奥州藤原氏の祖 藤原清衡(ふじわらのきよひら)の異父弟、清原家衡(きよはらのいえひら)の愛馬。『後三年合戦絵詞(ごさんねん がっせん えことば)』の中に黒毛の馬が描かれ、六郡第一の名馬とされている。家衡は花柑子を妻子より可愛がっていたといい、後三年の役の源義家(みなもとのよしいえ)軍との戦で敗走中、敵に渡すくらいならと射殺されたとされる

 

【望月(もちづき)】

大庭景親(おおば かげちか)より贈られた平清盛の愛馬。黒馬で額が月のように白いことから「望月」と名付けられる。『平家物語』では尻尾に鼠が一晩で巣を作ったことが語られ、その怪異と不吉な出来事から陰陽頭(おんみょうがしら)安倍泰親へ下げ渡された。

 

信濃国の望月地方で生産される黒毛の名馬のことも云う。望月地方には皇室の牧場が置かれ、その地で生産された馬は「望月の駒」と呼ばれて珍重された。

 

【青海波(せいがいは)】

源九郎判官(みなもとの くろうほうがん)義経が、平泉を出る際に奥州藤原氏第3代当主 藤原秀衡(ふじわらのひでひら)が義経に贈った馬。鹿毛(かげ=褐色で、たてがみ・尾・足の下部などが黒い)、もしくは宿鴾毛(さびつきげ=錆のようにやや黒みを帯びた月毛色)の馬と云われる

 

【高盾黒

(たかだてぐろ)】

奥州藤原氏第三代藤原秀衡(ふじわらのひでひら)公の長男、国衡(くにひら)の馬。 『吾妻鏡』に「国衡の駕す所の馬は、奥州第一の駿馬、高楯黒と号すなり。大肥満の国衡これに駕し、毎日必ず三箇度平泉の高山に馳せ登ると雖も、汗を降さざるの馬なり」とある

 

【小雲雀(こひばり)】

1581(天正9)年2月28日の京都馬揃えにて織田信長に献上された。その後、信長より蒲生氏郷(がもううじさと)が拝領。

 

【松風(まつかぜ)】

前田慶次の愛馬。前田家水風呂ビックリ出奔事件の際にも乗っていたと云われる

 

【三国黒(みくにぐろ)】

徳川秀忠より本多忠勝が拝領した馬。関ヶ原で島津軍の銃撃により死亡

 

【王庭(おうば)】

幕末の兵学者・思想家佐久間象山(さくましょうざん・ぞうざん)所有の白馬。河上彦斎(げんさい)による暗殺の際にも乗っていたと云われる

 

大倶利伽羅(大倶利伽羅廣光)【太刀→打刀】
おおくりから     おおくりから ひろみつ

二尺二寸二分半(約67cm)となり”大磨上無銘”となる。鎌倉から室町時代にかけて活動した相州廣光作と伝わる刀。刀面に倶利伽羅龍が彫られていることからこの名がある。元々は現存のものよりも長かったが摺上により1620年の江戸城石垣修復の褒賞として、徳川家から伊達政宗に下賜され、その後昭和までは伊達家所蔵であったが現在は売却され個人(法人)蔵に。

◆現存 法人蔵(大阪府茨木市) 重要美術品指定◆

 

【雑記】ゲットした順に調べていこうと思ってたのに…耐えられませんでした。だって伊達だし…!!本当に刀は奥深くてエピソードなどが面白い。調べていると止まらないですね。大倶利伽羅は何故か「先輩!」って呼びたくなります、何故だ。ところで伊達家に大倶利伽羅が来たのは1620年なんですが、既に江戸幕府開府してます。この年政宗は自国詰めだったので直接刀を受け取ったのは江戸詰め中の嫡男忠宗でありました。その後政宗は必ずこの刀を軍陣で帯びていたとか。…陣?会議のことかな。ちなみに政宗は秀吉の形見分けで藤四郎を受け取ってます。倶利伽羅とは倶利伽羅竜王という不動明王の化身として崇められる神様です。あの不動明王が持つ降魔の剣に炎と共に絡み付いている龍ですね。幟旗に使っている武将もいました…が…誰だっけ。

もうもう…とにかく光忠と倶利ちゃんは魂レベルで好きです(真顔)”好き”って言葉では表せない…刻まれてる…?倶利ちゃんを拾う度、「慣れ合うつもりはない…」って言われる度に「あの…誉桜がはみ出てますよ…」ってつい声を掛けたくなるのは私だけじゃないはず。なんてツンデレだ。

 

大倶利伽羅
燭台切光忠(長船光忠)【太刀】
しょくだいきり みつただ おさふね みつただ

鎌倉中期の刀工備前長船光忠の作。1567年の慶長伏見地震で倒壊した城を再建築するため伏見によく滞在した秀吉に、慰みのため淀川に浮かべる御座船を政宗から献上した。その褒美として秀吉から政宗に下賜されたもの。その後政宗が家臣を手打ちにした勢いで、そばにあった燭台も切れたことが名前の由来

同工光忠作に御物である「銘 備前国長船光忠(三の丸尚蔵館蔵)」、信長公に愛された「実休光忠」などがある

織田信長→豊臣秀吉→政宗→徳川光圀→徳川家所蔵→関東大震災で焼失とされていたが→焼刃の状態で徳川ミュージアムに存在するとの情報あり(2015年4月30日)

◆水戸徳川ミュージアム蔵◆

2015年4月25日~7月8日 企画展「家康公と御三家展」にて『武庫刀纂』内の押形閲覧可能

※7月11日~9月2日 徳川ミュージアムにて燭台切光忠・児手柏展示

※10月10日~12月13日 羽田空港第二ターミナル ディスカバリーミュージアム

 「徳川家康 天下泰平の軌跡」にて燭台切光忠・児手柏展示

※2016年1月5日~3月30日 徳川ミュージアムにて燭台切光忠展示

 児手柏他被災刀剣の展示は未確認

 

【雑記】ぴかちゅうキタァァァァァァ!!!!!待ってました、いつも!!ドキドキしながら!!政宗公の刀!!我が本丸に うちの本丸に来てくれた5月1日は燭台切記念日です!!カレンダーに丸します。折しも焼失と思われてたものが身柄が判明したというこんなタイミング…ありがたや…。いつか御身拝見できる日がくれば幸せ…!!!ちなみに燭台切の名前が付く前だけど、秀吉から受け取った政宗は嬉々として翌日佩刀して謁見するよ!秀吉はふざけて「あの刀は盗まれたものだ」と側近に言っちゃって大捕り物騒ぎになるよ!政宗は怒っていいと思います(真顔)

那由多さんから5月17日の光忠公開の際のお写真をいただきました!ありがとうございます!!

6月21日、かなる・なつめと共に御手杵レプリカ観覧の後、武庫刀纂を拝見してきました。感無量。

7月11日から本身の展示も開始。ありがたい…

…7月25日に見に行く約束してたのに耐えられなかった。初日に逢ってきた。光忠ありがとう。存在してくれてて本当にありがとう。尊い。もちろん25日にもしっかり拝見しました。

続いて10月12日に羽田へ。近くで用事があったことに感謝。12月9日はギャラリートークも拝聴できました。最後に12日にも…と思ったら、来年にまた水戸での展示も決定!長谷部と同日からの公開だね!!

 

燭台切光忠
平野藤四郎【短刀】
ひらの とうしろう

上記の乱・薬研・五虎退・秋田と同じく、粟田口藤四郎吉光に作られた刀。

 

【雑記】ひらのん。最初鍛刀で出たとき「また前田か…んんn!?」となりました。双子っぷりハンパない。今がんばって二人で育ってます♪前田・平野はうちの本丸会議の書記担当です。ちな平野は議事録担当、前田は会議の面白発言書き取り担当だったりします。議長は長谷部。そのせいかこの三人はいつも一緒にいるイメージ。

 

石切丸【大太刀】
いしきりまる

石切剣箭命神社由来によると山城国住三条小鍛冶宗近の作。河内国三条有成作とも。まったく別の刀剣で同名のものも多数存在する。

 

【雑記】石切丸さまがおいでくださった…!!!ありがたや…(。=人=)初めての大太刀…。流石機動が遅い…重いんですねわかります。実は先日間違えて獅子王を壊してしまって落ち込んでたのですが、ほぼ石切丸さんと一緒に獅子王も帰ってきてくれました、ありがとう!ありがとう!!現在パッパは誉マスター。加州かタヌか、大体石切丸さんが誉を攫ってます。

 

平野藤四郎
石切丸
蜂須賀虎徹【打刀】
はちすか こてつ

未編集

 

【雑記】ムウ様。しばらくお休みいただいてたんですが、ただいま虎徹捜索部隊に主に入っていただいてます。そしたらなんか聖闘士星矢見たくなって、黄金魂をチェックしているという変な循環。

浦島を拾ってきてくれました…!!

 

厚藤四郎【短刀】
あつ とうしろう(あつし とうしろう)

未編集

 

【雑記】あっつん。

 

山伏国広【太刀】
やまぶし くにひろ

未編集

 

【雑記】もう「拙僧と乱れたいの…?」のネタが頭から離れず、というかこびり付きすぎてツラァ…。ホントまじであのネタ考えた審神者さんは歴史に名前が残るべきだと思います。そんなわけで未だに名前がちゃんと呼べず、拙僧とかカカカと呼んでます。それから最初に見たときに「極楽りんご」の和尚を思い出してしまい、その後ずっと拙僧の背後にイケメンりんごの姿が見えます。林正之さん好きだったんだけどなぁ…。実はこの拙僧はうちの本丸では二本目…。うっかり間違えて進軍してしまい一度折れてしまいました…orz 馬だけ引いて戻ってきた皆には本当に申し訳なかった…ごめん…

 

同田貫正国【太刀→打刀】
どうたぬき まさくに

未編集

 

【雑記】たぬ。カッコかわいいですね、武骨好きです!最初見たときシュトヘルかと思いました。しかし拙僧と声が同じと気付いた時の衝撃は…。いまだに顔が(´・Д・)となります。

 

和泉守兼定【太刀→打刀】
いずみのかみ かねさだ

未編集

 

【雑記】兼さーん!!カッコいい流行の刀の兼さ~~~んvvv正統派イケメンの兼さんですが、刀剣男子の中では最年少扱いされてるのがまたいいですね。うちのは笑顔の堀川によく尻を蹴られてます。仲良い可愛い。

 

宗三左文字【打刀】
そうざ さもんじ

編集中:武田家から嫁を貰う→武田との争いはなくなったけど北条との

争いになる→嫁入り土産に武田信虎が三好家から貰ってた名刀・宗三左文字をゲット

【雑記】宗三さん。いまいち掴みどころがなく、あまり部隊には入れてなかったのですが…。江雪さんがうちの本丸に来た時の反応が凄すぎて審神者びっくり。今はできるだけ三兄弟一緒の部隊になるようにしてます。あとMMDの某内番モデルがマジ綺麗すぎて宗三の扉を開きそうになりました。

 

堀川国広【脇差】
ほりかわ くにひろ

未編集

 

【雑記】堀川。ほりかわいい。国広は堀川もまんばも繊細系な美形なのに山伏ときたら…と思ってた私が内番の山伏を見たときの気持ちは如何ともしがたい。

 

獅子王【太刀】
ししおう

◆現存 東京国立博物館蔵◆

※写真は2015年11月28日東京国立博物館にて

【雑記】獅子王。CCO。最初絵柄にビックリしたのと元気っ子過ぎて狼狽えてました。でも可愛い!加州・骨喰に続いて三番目に育ってました!…が…山伏の後にやらかしてしまいました…。検非違使が…検非違使に…!!「ヤバい!!」と思って思わずブラウザを閉じたんですけど意味ないんですよね…。せめて見届けてあげればよかった…(;ω;)あの時の気持ち…忘れないです。本当ごめんね、激凹み。その後石切丸さんとほぼ同時に顕現。パッパが連れて来てくれたんだと思ってます!

 

前田藤四郎【短刀】
まえだ とうしろう

未編集

 

【雑記】前田。前髪ぱっつん。この子も練度上げがちょっと後回しになっちゃってたんですが、平野が来てからはコンビで出陣してもらってます。前田・平野、秋田・五虎退、薬研・乱or厚コンビが多いかな。短刀ちゃん'sが育ちすぎて、いち兄に「私にはまだこの弟達を率いるほどの力量が足りません…(ポロポロ)」と泣かれてしまったので、しばらく一緒にお出掛けできませんでした(・ω・`)

前田平野はうちの本丸会議と長谷部担当です!

 

骨喰藤四郎【脇差】
ほねばみ とうしろう

未編集

 

【雑記】ばみたん。加州に続く練度No.2。…ってバミが来たのこんな後だったんだ…。と衝撃。17番目?ウソだろ…結構早々に育ちまくってたのは何故だ。そのせいもあってか最初のうちは「自分が一番!」の加州に目の敵にされてましたが、鯰尾が来てくれたので一緒にまったりしてます。池田屋ではバミが先鋒・加州に殿を務めてもらうことが多いです。もう仲も悪くないし練度高安心コンビ。

大関ヶ原展は前期に行き損ねたので、まだ本身は拝見できてないです…

 

愛染国俊【短刀】
あいぜん くにとし

未編集

 

【雑記】愛染。熱血…主人公か!カードバトルすんのか!!というイメージでした。手入れの時の「つっかれた~ぁ…寝る!!」の言い方は好き。超好き。そして薬研ニキと声が同じでまた萌え。

(8/15)早朝3時ごろに鍛刀で顕現した蛍丸に興奮した私審神者。

今剣【短刀】
いまのつるぎ

未編集

 

【雑記】いまつるちゃん。可愛い。短刀ちゃんの中でダントツ育ってます!青海波が来てからは出陣の時に必ず乗ってもらってるんですが、そうするとほぼ毎回誉持ってく…。やっぱり義経公の愛馬だからなんだね♪最近は岩融と一緒にガンガン出陣してますが、「いわとおしのめんどうは ぼくがみないと!」みたいにお兄ちゃん面してめっちゃ可愛いです。

(6/28)岩融を私のミスで折ってしまってから、お休みしてもらってます。いまつるちゃん本当にごめん…。トラウマで、折ってしまった厚樫とまた出会ってしまいそうな墨俣にずっと行けてません。申し訳なさ過ぎて三日月とか鶴さんに来てほしいとか言えない…

 

今剣 
山姥切国広【打刀】
やまんばきり くにひろ

未編集

 

【雑記】まんば。国広だ~!

 

鳴狐【打刀】
なきぎつね

鎌倉時代 建治(1275~1277年)、弘安(1278~1287年)に活動した、

粟田口派左兵衛尉(さひょうえのじょう)藤原国吉作の打刀。号の由来は、障子に映った狐の妖を斬ったからだと云われるが判然としない。

播州姫路藩池田利隆の家臣 石黒甚右衛門→出羽国山形藩秋元家→?→斉藤家→渡辺家→東京国立博物館へ

◆現存 東京国立博物館蔵 旧国宝◆

 

【雑記】なっきー。なかなか興味深いのですがまだ調べるのが追い付かない~!と、伊達組や新しく顕現した刀剣を優先してしまってたのですが、twitterの「本丸の台所を預かる薬研と燭台切bot」 ‏@honmarukitchen さんの芋煮ツイートでどうしても鳴狐の由来が気になってしまった…!!そっか、出羽にいたからなのね、そうなのね。みっつんとお供の狐さんがガチ喧嘩になっててワロタwww

 

鳴狐 
へし切り長谷部【打刀】
へしきり はせべ

◆現存 福岡市博物館蔵◆

※2016年1月5日~30日 企画展示

【雑記】長谷部。へしべ。なんだよそのサシュベルト、紳士かよ。って思ってました。しかし今ではどうでしょう、数々のヘn…素敵なMMDのおかげですっかり私も長谷部の虜に!どの台詞を聞いてもすっかり長谷部音頭に聞こえます!あと友人なつめちゃんが超絶長谷部推しなので見てて面白いです。

 

にっかり青江【脇差】
にっかり あおえ

未編集

 

【雑記】えっ!にっかりさんって脇差だったの…?てっきり打刀だと思ってた…。

 

小夜左文字【短刀】
さよ さもんじ

未編集

 

【雑記】小夜ちゃん。最初「苦手だなぁ…」と思ってたんですが、馬番をお願いした時に髪の毛を後ろからモシャモシャされても抵抗せず涙目になってるのを見て(まうぽんビジョン)なんか可愛くなってきました。とりあえず柿食え。お腹は壊さないでね!

(6/7)あかん、はるにゃんの小夜コスみたら小夜の扉開いた。あかん。

(8/6)重文の生小夜が拝見でできるかもしれない…だと…しかも岩出山…なんてことだ…

(8/8)拝見してきました。大変貴重な機会、本当にありがたい…

 

鯰尾藤四郎
鯰尾藤四郎【脇差】
なまずお とうしろう

粟田口藤四郎吉光に作られた刀。

 

【雑記】鯰尾。最近はズオーさん。彼は何故いつも馬糞の話をしてるんです???

 

秋田藤四郎【短刀】
あきた とうしろう

乱・薬研・五虎退と同じく、粟田口藤四郎吉光に作られた刀。出羽・秋田郡を治めた秋田実季(さねすえ)が所持した御家名物(おいえ めいぶつ=各大名家で秘蔵され、外部の評価を受けていない名物)であることからこの号がついた

秋田実季→小倉(こくら)藩主小笠原氏へ・小笠原忠春伯爵→永藤一氏

◆現存 大阪府寝屋川市の個人所蔵(京都国立博物館寄託)◆

 重要文化財

 

【雑記】秋田可愛い。というか先にMMDで妖怪ウォッチを踊ってる粟田口兄弟を見てしまったら…センターの秋田が天使だったんです…。その後「あれ?そうでもない…かな…???」と思ってたけど無事藤四郎沼に落ちました。五虎退ちゃんとのふわふわコンビ最強。現在強化項目MAXです!

 

秋田藤四郎
五虎退
五虎退(五虎退吉光)【短刀】
ごこたい
 

乱・薬研と同じく、粟田口藤四郎吉光に作られた刀。長尾景虎(後の上杉謙信)が上洛した際に正親町(おおぎまち)天皇より下賜され、以降上杉家に伝来。「上杉家御手選三十五腰」のひとつでもあり、後に大変な刀好きだった明治天皇が天覧されている。 足利義満の役人が遣明使として明に向かった際に、5頭の虎に襲われたがこの短刀で追い払ったといういわれが名前の由来。

遣明使の役人→足利義満→将軍家→長尾景虎→上杉家

◆現存 上杉家蔵(上杉博物館などで展示される場合あり)

 

【雑記】五虎退ちゃん可愛いですね。あざといのは苦手なんですが突き抜けて3周くらい回って可愛くなりました。白虎なのも可愛い。明治14(1881)年6月16日の天覧の「陛下が刀に夢中になりすぎて翌日の予定キャンセル」事件は、明治天皇大好きエピソードのひとつ。「自分の持ってる吉光と五虎退などちらがよりよきもの?」と聞いて、本阿弥家からの「孝明天皇(御父上)より継がれた吉光が上でございます」という返事に「五虎退の上なら十虎退だね」とご機嫌になられたという話も!大好き!!ちなみにこの時『姫鶴一文字【太刀】(未実装)』という刀をお気に召して、押形を取って持ち帰られたそうな。鶴丸国永も伊達家から明治天皇に献上されたんです?どれだけだ!陛下大好き!!

 

陸奥守吉行【打刀】
むつのかみ よしゆき

陸奥国中村(福島県相馬市中村)、または摂津国住吉(大阪府大阪市住吉区)出身の刀工 陸奥守吉行によって作られた刀。『新刀銘尽後集』にて「刀鋒鋭利南国新刀の冠たり、作は地鉄(ぢがね)細やかに匂(におい)ありて上手なり」と評価されており、土佐では一番の切れ味を誇っていた。土佐坂本家に代々伝わっており、坂本龍馬が最期に持っていた。

◆現存 京都国立博物館蔵◆

 

【雑記】どうも名前が「陸奥」も「吉行」もピンと来なくて…「ぜよ」って呼んでます。→現在は「むっつん or むったん」に。陸奥宗光か。私は長州出身なので…というか松陰先生が好きなのであんまり坂本龍馬に思い入れはないのですが、代々伝わる刀を「覚悟を決めたから」とお兄ちゃんにねだるところはちょっと感慨深いです。兄権平→西郷どん→中岡慎太郎→龍馬へ。暗殺された京都の近江屋事件の時に、襲撃者の刀を受け止めたのがこの陸奥守吉行だったとか。ちなみに高知県立坂本龍馬記念館では同じ刀工吉行が打った別の刀を、同じ長さに研ぎなおしたものが見られるそうです。

 

陸奥守吉行
大和守安定【打刀】
やまとのかみ やすさだ

江戸初期慶安(1648)年、武蔵国(むさしのくに=東京埼玉神奈川の一部)神田白銀町の刀工大和守安定に作られた刀。当時から安定の刀は切れ味がよいと評判がよく、試刀で五ツ胴を斬り落とし「天下開闢 以来五ツ胴落」という銘が付けられたことも。沖田総司や幕府軍遊撃隊の伊庭八郎などが持っていたと云われる。

◆安定の刀は多く見るが、沖田総司所持の刀の行方は不明◆

 

【雑記】安定!最初は思ったほど心惹かれなかったんですが、加州とのやり取り見てたらちょっとホロリと来てしまいました…今は二人セットで好きです。安定は結構多く今も出回っているようですが沖田君の刀はどこなの…?上記の伊庭八郎もなかなかにキツいエピソードが多くてツラいです。特に奥羽列藩同盟…ゴフゴf(ry 伊庭八郎が自らの左腕を斬り落としたのも安定だったのでしょうか…

 

大和守安定
薬研藤四郎
薬研藤四郎【短刀】
やげん とうしろう

「藤四郎吉光の短刀は、切れ味は抜群だが主人の腹は切らない」

畠山政長が明応の政変(1493)の際にこの刀で自害を図る。しかし腹に突き立たず、怒った政長が投げ捨てたところ部屋にあった薬研に突き刺さったためこの名が付いたとされる。(畠山記)

別の資料「明徳記」では、三代将軍足利義満が所持の際に既に薬研の名前があるためどちらが本当かは不明。本能寺の変の際に焼失と云われる

足利義満→畠山政長→足利将軍家→松永久秀→織田信長→焼失?

◆現存せず◆

 

【雑記】薬研ニキ!!審神者になるのが遅かったため(4月備後国サーバより)色々耳年増の状態でした。「柄まで通さnight」とか。鍛刀で出来たときは嬉しかったなぁ…。記念すべき独り立ちして初めて鍛刀した子!!足利義満(1358~1408)は金閣寺を建てた人。畠山政長(1442~1493)は応仁の乱のキーのひとり。ふむ。今まで政宗ストーキングで一部分の時代しかなかなか追いかけられなかったけど、刀は色々な時代に顔を出してくれるので年表が捗りますな。

薬研薬研薬研~~~!!マジカコイイですね…もう銃兵付けてもらうことが多いんですけど理由は「似合うから」一択。同じ理由で乱ちゃんにも銃を持ってもらうことが多いです。可愛い。

 

歌仙兼定【打刀】
かせん かねさだ

室町時代中期に活動した美濃国(みののくに)関の刀工、和泉守兼定(通称之定=のさだ)によって作られた刀。芸術家・文化人としても名高い細川忠興の佩刀。この刀で家臣36人を斬った後「三十六歌仙」にちなんで名付けたと云われる。この刀の拵(こしらえ=外装)は美的に優れた物で「歌仙拵」と呼ばれる。

◆永青文庫蔵◆

 

【雑記】政宗所有ではない刀で、数少ない私が名前を知っていた細川忠興所有の刀。父細川藤孝(幽斎)さんには至らないまでも文武共に秀でていた忠興(三斎)さんですが、妻ガラシャ(玉)への変質的までな溺愛ぶりや直情的なエピソードも多いです。よく斬ったり振り回したりする話を聞きます。そして忠興(DQN)の話が出たら政宗の話を出さざるを得ない(←ダメ政宗脳)。仲良かったんですよ、だいぶ冷静にツッコみ入れられてたようですが。忠興にまでツッコまれる政宗愛しい。そんな政宗クラスタ審神者です。すみません。内番の時に前髪をちょんちょりんにしてるのは可愛いと思います。結構図体デカそうなのに。ちなみに「永青文庫」とは細川家専用資料館。細川護煕元首相の趣味の陶芸なども展示されているらしいですよ。

 

歌仙兼定
乱藤四郎(乱吉光)【短刀】
みだれ とうしろう

鎌倉時代中期、山城国(京都)の刀工粟田口吉光によって作られた刀。短刀作りの名手で通称藤四郎吉光。作品に直刃(すぐは)が多い中で珍しく乱刃(みだれは)であることからこの号が付いたと云われる。細川勝元所持の際に「乱吉光」と名付けられた(『八幡閑談』記)

◆大阪歴史博物館蔵(2017.3.11~5.11.展示済)◆

 

【雑記】かなる嬢なつめ嬢に最初に勧められたキャラ。のイメージ。女装か。個人的には素直に遠征に出てくれるので好きです。藤四郎吉光が活躍したといわれる正元(年号)が1259年から1260年まで。この間に藤四郎兄弟達は作られてるのですね。ちなこの時代の天皇は後深草天皇、亀山天皇。鎌倉幕府将軍は宗尊親王、執権は北条長時だそうな(wikiより)。細川勝元(1430~1473)は1467年に始まる応仁の乱のきっかけになった人。薬研のところに登場する畠山政長を支援した人なんですね。

 

乱藤四郎
加州清光(非人清光) 【打刀】
かしゅう きよみつ

新選組の沖田総司が使用していたと云われる刀。

江戸(寛文~貞亨)時代に活動した加州(加賀県金沢)の刀工、六代目加州清光作。一時住んでいた窮民収容所で刀を打っていたため「非人」の銘も付いた。他にも清光の銘が入る物もあるが同名別人の刀工作の可能性も多い。沖田総司→?→東條家→売却?

◆現在、在所不明◆

 

【雑記】…というか東條英機元首相が持っていた刀なんですね。こないだそんな刀の話を聞いたばっかりだったんだけどあれ加州のことだったんでは…!?ちょ、在処をはっきり…!!と勝手にドキドキしています。刀工の清光さんの正式な名称は、加州金沢住長兵衛藤原清光(かしゅうかなざわすみ ながべえ ふじわらのきよみつ)。長い。そしてなぜ窮民小屋に行ったのか。某所にて生活力はないけど作刀力はスゴイと言われていて笑。…かしゅ…だからあんな複雑可愛い子になったのか。一番のお気に入りです。加州は私の初期刀、永遠の近侍!!\セカイイチカワイイヨ/

 

加州清光

参考サイト・書籍・ご協力者(敬略称):wikipedia 名刀幻想辞典 大澤商会 大阪歴史博物館 歴史人 歴史街道 とうらぶwiki 那由多嬢

参考サイト・書籍など
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