
【趣味の刀剣 ~刀について、もう少しだけ知りたい!~ 】
DMM×ニトロプラスの『刀剣乱舞online』を一ファンとして嗜んでおります。歴史好きではありますがなかなか刀まで網羅できていませんでした。
少しずつ知っていくいい機会かと思い、少しずつ刀剣男士達と仲良くさせていただいてます。以下は刀について知ったこと思ったことなどの自分用まとめ。
ゲームを進めるにあたって個人的に必要だったものをどんどん付け足しているため感想込みで雑多です。備後国サーバに生息中。上から新しくおいでいただ
いた刀剣の紹介となっております。あと重度の伊達政宗クラスタのため随所にその話題が出ることはご容赦ください。政宗公の毎日を追いかけている記録は
別サイトになりますがコチラ「まさむ年表」へドゾー。参考にさせていただいた本や雑誌、サイトなどは下記に。いつも本当にありがとうございます。
(2016.1.30.情報追加)
生まれた時期・関連の事件
平安(794年–1185年)
987~989年
三日月宗近(徘徊中)
小狐丸
1051~1062年
前九年の役
1083~1087年
後三年の役
1087年11月14日
清原家衡愛馬 花柑子射殺
1180年10月21日
藤原秀衡より青海波が義経
に贈られる
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鎌倉(1185年–1333年)
1189年4月30日
衣川館にて源義経(30)自刃
同場所にて武蔵坊弁慶戦死
同年8月10日
藤原国衡愛馬 高楯黒登場
1192年7月12日
源頼朝 征夷大将軍就任
(鎌倉幕府成立とされる)
????年 にっかり青江
1247~1255年
1259年~
骨喰藤四郎
厚藤四郎
前田藤四郎
1297年
3月1日 蛍丸(待望中)
1330年~
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室町(1336年–1573年)
※南北朝(1336–1392)
※戦国時代(1493–1590)
1337年~
1472年~
歌仙兼定(二代兼定作)
1559年6月16日
五虎退 長尾景虎(29)へ
安土桃山(1573年–1603年)
1581年2月28日
織田信長主催 京都馬揃え
小雲雀が信長へ献上される
1582年6月2日
本能寺の変 織田信長没
1590年9月18日
一期一振 毛利輝元より
秀吉の元へ
1596年7月13日
慶長伏見大地震
同年10月
燭台切光忠 伊達政宗(30)
の元へ
1600年
関ヶ原の戦い
本多忠勝愛馬 三国黒死亡
1614年11月19日~12月
大坂冬の陣
1615年5月
大坂夏の陣
一期一振・骨喰藤四郎焼刃
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江戸(1603年–1868年)
1620年11月
大倶利伽羅 伊達政宗(54)
の元へ
1636年
江戸日比谷にて 政宗没
1647年
1650年~
1657年3月2日~4日
明暦の大火(振袖火事)
1670年~
1790年
加役方人足寄場設立
1858年~
公武合体運動
1863年1月29日
一期一振 徳川家より
孝明天皇へ献上される
1864年7月8日(新暦6月5日)
池田屋事件
1864年7月11日
佐久間象山暗殺 王庭同行
1867年~
沖田総司療養
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明治(1868年–1912年)
1867年3月20日
陸奥守吉行 坂本龍馬(31) の手に
同年12月10日
京都近江屋事件 龍馬暗殺
1868年1月3日
鳥羽伏見の戦い
同年3月26日
甲州勝沼の戦い
同年5月~6月
白河戦線
同年7月19日
京都 沖田総司没
1869年6月20日
箱館五稜郭 土方歳三戦死
1881年10月
米沢上杉宝物殿にて
五虎退天覧(明治天皇)
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大正(1912年–1926年)
1923年9月1日
関東大震災
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昭和(1926年–1989年)
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平成(1989年–現在)
2011年3月11日
東日本大震災
2015年1月14日
『刀剣乱舞』オープン
2015年4月14日
とうらぶはじめました
2015年4月30日
燭台切光忠
水戸徳川ミュージアムに
現存との初報あり
2015年5月17日
燭台切光忠公開
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2205年
歴史修正主義者襲来

一期一振(一期一振吉光)【太刀】
いちご ひとふり いちご ひとふり よしみつ
短刀を得意とする粟田口派藤四郎吉光作の太刀。吉光の最高傑作の意味も込め「一期一振」の号を持つ。現存するのはこの一振だが、慶長時代には「櫂切(かいきり)吉光」や「御刀吉光」など他にも太刀が存在したと云われる。
天正18(1590)年9月18日 毛利邸を訪れた豊臣秀吉が輝元にねだって貰い受けた。その後小柄な秀吉が自分の体格に合わせて磨り上げたというのが定説になっているが、記録には残っていない。大坂城落城の際に焼刃。徳川家の手に渡り、名刀を惜しんだ家康の指示により再刃。その際に磨り上げられ額銘したとされる。
越前朝倉家(他説も有)→毛利家→豊臣家→大坂落城の際焼刃→徳川家→再刃ののち尾張徳川家→尾張藩主・徳川茂徳→孝明天皇(御物)
◆現存 御物 宮内庁三の丸尚蔵館蔵◆
【雑記】いっちにぃぃぃぃぃx(ry 厚樫山のボスマスでドロップしました!!いらっしゃい一兄!粟田口'sが待ってた!!乱ちゃん達は本丸でお迎えできたんだけど、秋田・五虎退・厚・薬研が長めの遠征中で不在。遠征から帰ってきた皆を逆にいち兄が迎えて、驚きの薬研達…。二度の感動再会シーンで審神者涙目でした(;ω;) それにしてもこの刀剣は藤四郎吉光の作だけあって初期から大事にされてますが、手に手に渡る経緯もすごいですね。流石ロイヤル!

【「打刀(うちがたな)」って何?】
打刀:刃を上にして、腰帯に差すタイプ
短刀:一尺(30.3㎝)未満の刀
脇差:二尺(60.6㎝)未満の刀
太刀:反りが深く刃を下にして吊るす物
大太刀:三尺(90.9㎝)を超えるもの
ただし厳密ではない
槍 :長い柄の先に直刀をつけたもの
薙刀:長い柄の先に彎刀をつけたもの
※どちらも読み方は同じだが
「太刀」は彎刀(わんとう=反りがある)
「大刀」は直刀で主に平安以前の刀
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【「銘」と「号」って何?】
銘:茎(なかご)部分に刻まれた刀工の
名前・生国・居住地・製作年など
のこと。特に形式は決まっていな
いため記載のないものもある
号:銘とは別に付けられた、エピソード
に由来の渾名など(燭台切っちゃっ
たので「燭台切」、切れ味よすぎて
止まろうとしたトンボが勝手に切れ
てしまったので「蜻蛉切」とかです
ね)
額銘:元からある銘を切り取っておき、
磨上げした後ちょうど額のように
元の銘を嵌め込んだもの
※茎(なかご)は刀の柄に入っている部分
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【「名物三作」って何?】
豊臣秀吉によって決められた三名の名刀工の作品のこと。相州五郎入道正宗、越中郷義弘、藤四郎吉光を合わせて三作と云う。特に江戸期には吉光が三作の中でも特によいとされ、武家階級で重宝された
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【直刃(すぐは)と乱刃(みだれば)
って何?】
直刃は刃紋が直線のもの。広さによって種類がある。乱刃は刃紋が直線でないもの。その形によって色々な呼び名がある
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【大磨上無銘(おおすりあげ むめい)ってなんのこと?】
磨上:長い刀身を茎(なかご)尻より切り
縮めて刀身全体を短くすること
大磨上無銘:磨上により茎部分に切られ
た銘がなくなってしまった刀のこと
再刃:何らかの理由で焼けてしまった刀
に再び焼入れを施し刀の体に戻すこと
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【備後国(びんごのくに)ってどこ?】
別名備州。山陽道の一部で現在の広島県の半分を指す。加州は加賀国(かがのくに)で現在の石川県南部
陸奥国:
筑前国:
薩摩国:薩州(さっしゅう) 西海道
鹿児島県西部
豊後国:豊州(ほうしゅう) 西海道
宇佐市中津市を除く大分県全土
備中国:備州(びしゅう) 山陽道
岡山県西部
美濃国:濃州(じょうorのうしゅう)
東山道 岐阜県南部
大和国:和州(わしゅう) 畿内
奈良県
山城国:城州(じょうしゅう)
or 山州(さんしゅう)
or 雍州(ようしゅう) 畿内
京都府南部
相模国:相州(そうしゅう) 東海道
北東部を除く神奈川県ほぼ全域
備前国:備州 山陽道
岡山県東南部・
香川県小豆郡・直島諸島・
兵庫県赤穂市の一部の地域
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【審神者(さにわ)って何?】
神の言葉を伝える者。審神者神社がある。未編集。
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【三十六歌仙って何?】
未編集。
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【4年を二二年と書くのは何故?】
兼定の刀などの銘に「文明二二年」などと刻むのは、”四”は”死”に繋がり縁起が悪いからとのこと。
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【「享保名物帳」ってなに?】
本阿弥(ほんあみ)家:足利家の同朋衆であり代々刀剣の鑑定、研磨、浄拭(ぬぐい)を家業とする一族。菅原姓を名乗り梅鉢紋を持つ
折紙:刀剣の鑑定書。本阿弥家の花押を押したものなど
享保名物帳:
新刀銘尽後集:
上杉家御手選三十五腰(うえすぎけ
おてえらび さんじゅうご よう):
愛刀家だった上杉謙信の所蔵品の中
から、後継であり鑑定眼の高かった
上杉景勝が更にセレクトしたお薦め刀
リスト
武庫刀纂(ぶことうさん):水戸藩8代
藩主 徳川斉脩(なりのぶ)が編纂した、
水戸徳川家が所蔵する刀の押形や伝来
理由などを纏めた刀剣リスト
※燭台切光忠の往時の姿が記載
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【奥州藤原氏とは?】
未編集
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【前九年の役・後三年の役とは?】
未編集
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【加役方人足寄場(かやくかた
にんそく よせば)って何?】
加役:火付盗賊改め(凶悪犯専門警察)の俗称。鬼平犯科帳の小説で有名になった長谷川平蔵はこの働きが素晴らしく、当時から人気があった
その平蔵が松平定信の許可の元に設立する、捕縛した犯人向けの更生施設が加役人足寄場と呼ばれる
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【御物(ぎょぶつ)って何?】
皇室に伝来し、現在も私有品である絵画書跡刀剣などの所蔵品のこと。
戦前には国立博物館や正倉院の所蔵品も併せて「御物」とされたが、戦後は皇室の資産は国有財産となった
ただし「三種の神器」や皇室に所縁の深いもの・儀式に関する刀剣類はそれに含まれず、現在も御物として管理される
◆同文字だが御物(ごもつ)と読むと
室町幕府8代将軍足利義政の所蔵品
徳川家伝来の名物茶道具 とされる
◆同じく御物(おもの)と読むと
天皇陛下や高貴な方の食事を意味する
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【最上大業物(さいじょう おおわざ
もの)とは?】
◆刀・太刀などの最上級品のこと
◆刀工の質(格?)を指す場合は1815(文化12)年、御様御用(おためしごよう:刀剣の試し斬り役)山田浅右衛門により行われた刀の御様の結果をいう
刀工ごとの切れ味を「最上大業物・大業物・良業物・業物」の4段階に分類したリストが公表されている
「大業物十四工」の中に
-
長曽祢虎徹
-
長船元重
-
和泉守兼定(二代 兼定、之定)
などが挙げられている
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【天下三名槍(てんがさんめいそう)
とは?】
それぞれに伝わる由緒や伝来・エピソードによって選ばれたもっとも優れていると云われる名槍三本のこと
◆御手杵(おてぎね)
◆日本号(にほんごうorひのもとごう)
◆蜻蛉切(とんぼきり)
【天下五剣(てんがごけん)とは?】
それぞれに伝わる由緒や伝来・エピソードによって選ばれたもっとも優れていると云われる名刀五本を指す
◆童子切(どうじぎり)
国宝・太刀・銘安綱
◆鬼丸(おにまる)
御物・太刀・銘國綱
◆三日月宗近(みかづきむねちか)
国宝・太刀・銘三条
◆大典太(おおてんた)
国宝・太刀・銘光世作(みつよ さく)
◆数珠丸(じゅずまる)
重要文化財・太刀・銘恒次(つねつぐ)
※数珠丸の作者は古青江恒次とも古備前恒次とも云われる
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【合同左派?】
未編集

次郎太刀【大太刀】
じろう たち
南北朝時代の刀工 千代鶴国安の作と伝わる。大太刀を振るうことで有名だった真柄十郎左衛門直隆(まがら じゅうろうざえもん なおたか=越前国朝倉義景の将)が太郎太刀、その息子の真柄隆基(もしくは弟の直澄) が次郎太刀を持っていたとの説あり。
次郎太刀 188cm 太郎太刀 221cm?
【雑記】姐さん!次郎さんもおいでくださいました~!!…戦装束も煌びやかで素敵なんだけど、姐さんは内番のすっぴんの方が可愛いよ!可愛いよ!!ちなみに千代鶴国安さんは元々京都の刀匠さんでしたが、鍛刀に適した水を求めて越前まで辿り着いたそうな。刀だけじゃなくて農具を作ったり技術を教えたりして、現在も越前打刃物の祖として千代鶴神社に祀られているそうです。
ところでうちの次郎さんと一期さんと岩融さんは、ほぼ同時期に来てくださって練度上げなども一緒なことが多かったせいか結構仲がよいです。よく夜中に三人で

太郎太刀【大太刀】
たろう たち
編集中
【雑記】太郎さん…!!ビックリした、びっくりした(@□@;)大坂城地下攻略が始まってて、次にお迎えするのは博多くんかな?となんとなく思ってたので、鍛刀で来てくれたのにはビックリしました!!しかし…次郎さんに報告しに行こうと思ったら遠征中だよ…orz 江雪さんの時に続きなんて間の悪い…!!

博多藤四郎【短刀】
はかた とうしろう
未編集
【雑記】6月27日にお迎えできました!大坂城攻略時、いち兄と長谷部にも同行してもらって無事に博多と合流~♪しかし…たった今ショッキングな出来事が…いわとおしが…博多は悪くないけど本当タイミング悪くてごめん…
浦島が来てから一緒に練度上げに行ってます!
